2019年05月21日
新天地でのスタート!
この4月に、浜松は天竜の山里から、
ここ静岡市葵区の麻畑沼を望む里山へ、
家族3人で引っ越してきまして、
再び、農の道を一歩一歩歩いていく生活のスタートを切りました。

普通?、農業というと、
引越しとは無縁のようなイメージがあるように思うのですが、
私の場合は、農の道に入ってから、
今回でなんと、3度目の引越し。
初めてでもありますので、
そんな3度の引越しの経緯を書こうと思い、
実際書き始めたのですが、
途中、もう、あまりにも長くなり、
ご覧くださる方の大迷惑になることに気が付き(ははは)、
というわけで、消去。
一応それでも、
とおっしゃる方がいらっしゃるかもしれないので、
浜松に暮らしていたころのブログ「ヌウとテツの野良日記」に経緯を書いたものを、
申し訳ないのですが、ご覧いただけたらと思います。
(出会いと別れの春)
他の生き物たちと同じように、
日々をただただ精いっぱいに生きているだけなのに、
忌み嫌われ、
害虫なんて、十把一絡げの名前で呼ばれ、
農薬等で、”大量虐殺”の憂き目を見ている虫たちのその在り方に、
「・・・、なんでだろう?」
と疑問を初めて感じたのは、
今から24、5年前、
修士論文の作成に追われ、徹夜続きで朦朧となった頭を覚醒させるべく、
パソコンの前で、熱いコーヒーをすすっていた、
2月のある明け方のことでした。
もともと、小さいころから虫が大好きで、
というわけで、大学、大学院にて、
なんと6年も虫たちと戯れていたわけですが、
まあ、そんな下地もあったんでしょうね~、
以来、そのことが頭の片隅から離れず。
思ったような就職先もなかったこともあって、
そんなら、害虫なんて呼ばれている虫たちと手を取り合い、
共存する農業をができないかどうか、
実際、やってみるか!、
と、榛原郡にあった祖父の田畑を借りて、
思い描く理想の農業、
すなわち、
「害虫たちと共存する農業」を目指して、
農の第一歩を踏み出した次第。
以降、様々なことがあり、
先ほども書きましたが、3度の引越しもあったりと、
なかなか忙しかった、この年月。
農の技術的なことに関していえば、
最初の頃は、農薬、化学肥料を使わないだけで、
例えば、ビニールマルチやトンネル等を使ったり、
また、F1品種なども栽培していましたが、
今では、そういったものも使わないようになり、
固定種、自家採種のみの栽培に。
また、
おいしい野菜、安全な野菜を届ける、届けたい、
というよりなにより、ただただ、
害虫なんて呼ばれなければならない虫たちと手を取り合い、
彼らと一緒に暮らすことができる農業を確立したい!
という、若いころにいだいた夢も、
今では、そんな虫たちだけでなく、
雑草なんて呼ばれなければならない植物たちも含め、
田畑に集う”いのち”すべてと手を取り合い、
共存していく農でありたいと思うように。
昔、山に人の手が入り、
そこで、薪や山菜などを必要な分だけ得つつ、
そこに暮らす生き物たちと共生していた、
いわゆる”里山”の概念を田畑でも実現したいと、
数年前に「里山共生農業」を立ち上げ、
今に至る次第です。
(もっとも、会員?は、私一人だけですが、ははは)
とまあ、概要?はこんな感じなのですが、
そんな日々の農や、生活を中心に、
私、かんちゃん(妻)、ヌウ(現在、高1の娘)の織り成す出来事などを、
気ままに、楽しく綴っていこうと思います。
よろしかったら、今後ともお付き合いの程、
よろしくお願いいたします♪

(ミカンの葉をもぐもぐするアゲハチョウの幼虫)
ここ静岡市葵区の麻畑沼を望む里山へ、
家族3人で引っ越してきまして、
再び、農の道を一歩一歩歩いていく生活のスタートを切りました。
普通?、農業というと、
引越しとは無縁のようなイメージがあるように思うのですが、
私の場合は、農の道に入ってから、
今回でなんと、3度目の引越し。
初めてでもありますので、
そんな3度の引越しの経緯を書こうと思い、
実際書き始めたのですが、
途中、もう、あまりにも長くなり、
ご覧くださる方の大迷惑になることに気が付き(ははは)、
というわけで、消去。
一応それでも、
とおっしゃる方がいらっしゃるかもしれないので、
浜松に暮らしていたころのブログ「ヌウとテツの野良日記」に経緯を書いたものを、
申し訳ないのですが、ご覧いただけたらと思います。
(出会いと別れの春)
他の生き物たちと同じように、
日々をただただ精いっぱいに生きているだけなのに、
忌み嫌われ、
害虫なんて、十把一絡げの名前で呼ばれ、
農薬等で、”大量虐殺”の憂き目を見ている虫たちのその在り方に、
「・・・、なんでだろう?」
と疑問を初めて感じたのは、
今から24、5年前、
修士論文の作成に追われ、徹夜続きで朦朧となった頭を覚醒させるべく、
パソコンの前で、熱いコーヒーをすすっていた、
2月のある明け方のことでした。
もともと、小さいころから虫が大好きで、
というわけで、大学、大学院にて、
なんと6年も虫たちと戯れていたわけですが、
まあ、そんな下地もあったんでしょうね~、
以来、そのことが頭の片隅から離れず。
思ったような就職先もなかったこともあって、
そんなら、害虫なんて呼ばれている虫たちと手を取り合い、
共存する農業をができないかどうか、
実際、やってみるか!、
と、榛原郡にあった祖父の田畑を借りて、
思い描く理想の農業、
すなわち、
「害虫たちと共存する農業」を目指して、
農の第一歩を踏み出した次第。
以降、様々なことがあり、
先ほども書きましたが、3度の引越しもあったりと、
なかなか忙しかった、この年月。
農の技術的なことに関していえば、
最初の頃は、農薬、化学肥料を使わないだけで、
例えば、ビニールマルチやトンネル等を使ったり、
また、F1品種なども栽培していましたが、
今では、そういったものも使わないようになり、
固定種、自家採種のみの栽培に。
また、
おいしい野菜、安全な野菜を届ける、届けたい、
というよりなにより、ただただ、
害虫なんて呼ばれなければならない虫たちと手を取り合い、
彼らと一緒に暮らすことができる農業を確立したい!
という、若いころにいだいた夢も、
今では、そんな虫たちだけでなく、
雑草なんて呼ばれなければならない植物たちも含め、
田畑に集う”いのち”すべてと手を取り合い、
共存していく農でありたいと思うように。
昔、山に人の手が入り、
そこで、薪や山菜などを必要な分だけ得つつ、
そこに暮らす生き物たちと共生していた、
いわゆる”里山”の概念を田畑でも実現したいと、
数年前に「里山共生農業」を立ち上げ、
今に至る次第です。
(もっとも、会員?は、私一人だけですが、ははは)
とまあ、概要?はこんな感じなのですが、
そんな日々の農や、生活を中心に、
私、かんちゃん(妻)、ヌウ(現在、高1の娘)の織り成す出来事などを、
気ままに、楽しく綴っていこうと思います。
よろしかったら、今後ともお付き合いの程、
よろしくお願いいたします♪
(ミカンの葉をもぐもぐするアゲハチョウの幼虫)